東京地方裁判所 昭和62年(ワ)805号 判決 1991年3月28日
第一事件原告(第二事件被告、以下、「原告」という。) 西前義英
右訴訟代理人弁護士 吉川基道
同 大竹透達
同 中村誠
第二事件原告(第一事件被告、以下、「被告」という。) 布施田保次
右訴訟代理人弁護士 河鰭誠貴
右訴訟復代理人弁護士 髙初輔
同 西村美香
同 柳原毅
主文
一 被告は原告に対し、別紙賃借権目録記載の賃借権の原告に対する譲渡につき、宗教法人濟松寺の承諾を得るべき義務のあることを確認する。
二 被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の建物につき、昭和五九年三月二九日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
三 被告は原告に対し、別紙物件目録一記載の建物の一階のうち別紙図面一記載の、、、、点を順次直線で結んだ部分(二二・八六平方メートル)及び二階のうち別紙図面二記載の、、、、、、、点を順次直線で結んだ部分(三六・九八平方メートル)から久根下秀次を立退かせる義務のあることを確認する。
四 被告は原告に対し、前項記載の建物部分を引渡せ。
五 被告の第二事件の請求をいずれも棄却する。
六 訴訟費用は、第一、第二事件を通じ、被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
(第一事件について)
一 請求の趣旨
(主位的請求)
1 主文第一項と同旨
(1に対する予備的請求)
2 被告は、別紙賃借権目録記載の賃借権の原告に対する譲渡につき、宗教法人濟松寺を相手方として東京地方裁判所に承諾に代わる許可申立をせよ。
(主位的請求)
3 主文第二項と同旨
(3に対する予備的請求)
4 被告は、原告に対し、宗教法人濟松寺の原告に対する別紙賃借権目録記載の賃借権の譲渡について承諾があったときは、別紙物件目録一記載の建物につき、昭和五九年三月二九日付売買を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
5 主文第三項と同旨
6 主文第四項と同旨
7 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
(第二事件について)
三 請求の趣旨
1 被告と原告との間において、別紙物件目録一記載の建物の所有権が被告に属することを確認する。
2 被告と原告との間において、被告が別紙賃借権目録記載の賃借権を有することを確認する。
3 原告は、被告から、金六〇〇〇万円の支払いを受けるのと引換えに、被告に対し、別紙株券目録記載の株券を引渡せ。
4 訴訟費用は原告の負担とする。
5 第三項につき仮執行の宣言
四 請求の趣旨に対する答弁
1 被告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
第二当事者の主張
(第一事件について)
一 請求の原因
1 原告と被告は、昭和五九年三月二九日、左記内容の売買契約(以下、「本件売買契約」という。)を締結した。
(一) 被告は原告に対し、被告所有の別紙物件目録一記載の建物(以下、「本件建物」という。)及び別紙賃借権目録記載の賃借権(以下、「本件賃借権」という。)を代金六〇〇〇万円で売渡し、原告はこれを買受ける。
(二) 被告は原告に対し、本件建物を左記のように引渡す。
(1) フセダ紙器工業株式会社(以下、「フセダ紙器」という。)が占有している部分については指図による占有移転によるものとする。
(2) 久根下秀次が賃借している本件建物の一階のうち別紙図面一記載の、、、、点を順次直線で結んだ部分(二二・八六平方メートル)及び二階のうち別紙図面二記載の、、、、、、、点を順次直線で結んだ部分(三六・九八平方メートル)については、被告の責任において本件売買契約成立と同時に久根下との賃貸借契約を解除し、昭和六〇年三月三一日限り同人を立退かせた上原告に引渡す。
2 仮に、請求の趣旨第1項が何等かの理由によって認められない場合には、原告は被告に対し、借地法第九条の二の規定に基づき本件賃借権の譲渡につき宗教法人濟松寺(以下、「濟松寺」という。)を相手方として東京地方裁判所に承諾に代わる許可申立をなすことを求める。
すなわち、被告は、原告に対し、昭和五九年三月二九日本件売買契約を締結した際、濟松寺が任意に本件賃借権の譲渡につき承諾をしない場合には、東京地方裁判所に借地法第九条の二の規定に基づき承諾に代わる許可申立をする旨を約した。仮に、右合意が認められないとしても、本件承諾義務は、右規定の趣旨からみて、任意の交渉で賃貸人の承諾が得られない場合には、賃借権の譲渡人は譲受人のために右申立てをする義務を含むものである。
3 よって、原告は被告に対し、本件売買契約に基づき、請求の趣旨記載の判決を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(一)の事実は認め、同1(二)の事実は否認する。
2 同2の中、原告主張の合意がされたことは否認し、その余は争う。
三 抗弁
(解除条件)
1(一) 原告と被告は、本件売買契約において、契約締結の日から一年以内に賃貸人である濟松寺から本件賃借権譲渡についての承諾が得られないことを解除条件とする旨の合意をした。
(二) 本件売買契約を締結した日から一年以内に右承諾は得られなかった。
(解除権留保特約)
2(一) 原告と被告は、本件売買契約において、右承諾を一年以内に得られなかったときは、原告又は被告の双方が右契約を解除することができる旨の合意をした。
(二) 本件売買契約を締結した日から一年以内に右承諾は得られなかった。
(三) 被告は、原告に対し、昭和六一年一月一三日ころ及び同年一〇月一三日、本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(債務不履行による解除)
3(一) 原告と被告は、本件売買契約を締結した際、右契約と一体のものとして、左記(1)(2)の合意をした。
(1) 原告は、被告及び被告の妻布施田サダに対し、昭和五九年四月から右両名が死亡するまで毎月合計五〇万円(従来被告及び被告の妻サダがフセダ紙器から受領していた金額と同一金額)の定期金を支給する。
(2) 原告は、被告を死亡するまでフセダ紙器の取締役会長として処遇する。
(二) 原告は、被告に対し、昭和五九年七月末日ころ、一方的に取締役の辞任を強制し、同年八月一日被告をして辞任の止むなきに至らしめた。また、原告は、右定期金を昭和五九年四月は四〇万円、同年五月から七月まで各月二五万円、同年八月から昭和六〇年一一月まで各月一八万円を支給したが、同年一二月以降は全く支給しなくなった。そこで、被告は、原告に対し、昭和六一年一月一三日ころ及び同年一〇月一三日到達の内容証明郵便で本件売買契約を解除する旨の意思表示をした。
(停止条件)
4 原告と被告は、本件売買契約において、同契約に基づく本件建物の所有権移転登記手続は、本件賃借権の譲渡につき濟松寺の承諾を得られることを停止条件とする旨の合意をした。
(承諾義務の履行不能)
5 被告は、濟松寺に対し、昭和五九年三月三〇日、同六〇年九月三〇日、同年一〇月一六日に本件賃借権の譲渡につき承諾を求めたが、拒絶された。従って、本件賃借権譲渡について承諾を得る債務は、履行不能により消滅した。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1(一)の事実は否認し、同1(二)の事実は認める。
2 同2(一)の事実は否認し、同2(二)の事実は認める。同2(三)の事実中、昭和六一年一〇月一三日解除の意思表示がされたことは認め、その余は否認する。
3 同3(一)の事実は否認する。同3(二)の事実中、被告が取締役を辞任したこと、昭和六一年一〇月一三日解除の意思表示がされたことは認め、その余は否認する。なお、本件解除の意思表示は、催告なくしてされたものであり、いずれにしてもその効力はない。
4 同4の事実は否認する。
5 同5の事実は否認する。承諾義務が履行不能になったとの主張は争う。
(第二事件について)
五 請求の原因
1 第一事件の請求原因1(一)のとおり。被告は原告から代金六〇〇〇万円の支払いを受けた。
2 被告は本件売買契約を締結した際、右契約と一体のものとして、原告に対し、被告が右当時所有していた別紙株券目録記載の株式を譲渡し、右株券を交付した。
3 抗弁1のとおり。
4 抗弁2のとおり。
5 抗弁3のとおり。
6 原告は、本件売買契約が解除されたことを争い、本件建物の所有権及び本件賃貸借が自己に帰属すると主張している。
7 よって、被告は原告に対し、請求の趣旨記載の判決を求める。
六 請求の原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2の事実中、株式譲渡合意が本件売買契約と一体のものであることは否認し、その余は認める。
3 同3の事実については、第一事件抗弁に対する認否1のとおり。
4 同4の事実については、第一事件抗弁に対する認否2のとおり。
5 同5の事実については、第一事件抗弁に対する認否3のとおり。
6 同6の事実は認める。
第三証拠《省略》
理由
第一第一事件について
一 請求原因1(一)(本件建物及び本件賃借権の売買契約)の事実は当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、同1(二)(久根下を退去させる合意等)の事実を認めることができる。
右事実からみると、被告は原告に対し、特段の事情のない限り、久根下を退去させた上で本件建物の引渡し、同建物につき所有権移転登記手続及び本件賃借権の譲渡につき遅滞なく賃貸人濟松寺の承諾を得る義務を負うものと解される。
ところで、原告は被告に対し、右承諾を得る義務と久根下を退去させる義務につき確認を求めるものであるが、一般に確認訴訟は、確認訴訟によることが有効かつ適切でなければ、確認の利益はないと解されるので、この点につき検討する。
右各義務は、いわゆる不代替的作為義務であり、且つその義務を履行するのに相手方の同意もしくは協力を得る必要があり、容易にこれを得る見込みのない場合であると認められるから、間接強制をすることが許されない。従って、右義務の履行を命ずる給付判決を得ても、強制の方法がないことになる。このような場合、原告は、債務不履行による損害賠償を請求することも勿論考えられるが、あくまでも、本来の債務の履行を求める場合には、当該義務が確認されることにより任意の履行も全く期待できないわけではなく、他に有効適切な手段がないときには、当該義務の確認を求める利益を有すると解するのが相当である。
二 そこで、まず抗弁1(解除条件)につき判断する。
1 《証拠省略》によれば、本件売買契約に至るまでの経緯は次のとおりであると認めることができる。
(一) 被告は、フセダ紙器の前代表者であり、濟松寺から別紙物件目録二記載の土地(以下、「本件土地」という。)を賃借し、本件土地上に本件建物を所有し、同建物をフセダ紙器に賃貸していた。フセダ紙器は、本件建物でダンボール紙器類の加工等の営業をしていたが、昭和五八年ころから営業は思わしくなく、資金繰りが苦しくなった。また、被告(明治四五年二月二六日生)は、高齢で後継者もいなかったところから昭和五八年七月ころ、取引先の興津川製紙株式会社(以下、「興津川製紙」という。)の常務取締役安藤和志夫にフセダ紙器の経営を引き継いで欲しい旨依頼した。右依頼を受けた安藤は興津川製紙の代表者の原告と相談したが、当初、原告、安藤とも右被告の申し入れについて乗り気ではなかった。
(二) 昭和五九年になり、被告から同年三月末の約束手形を決済する資金繰りがつかないので、なんとか助けて欲しい旨重ねて懇請された原告は、被告の立場に同情するとともに、フセダ紙器を引き継ぐことにより、本件建物及びその敷地の本件賃借権を買い取れば、東京進出の拠点にもなると考え、条件次第では前記被告の申し入れを受けてもよいと考え初めた。
そこで、原告は、興津川製紙の顧問税理士福田、友人の弁護士白井孝一とフセダ紙器承継に関する種々の税務上、法律上の問題について相談する一方、被告との具体的な折衝は、もっぱら安藤がおこなった。同年二月ころの段階では、原告側の契約の当事者が興津川製紙か原告自身となるかは明確ではなく、被告側でもフセダ紙器を引き継いでもらえば、どちらでもよいと思っていた。
(三) 昭和五九年二月中旬ころ、安藤は被告に対し、原被告間でこれまでに折衝した結果を一応まとめた確認事項と題する書面を交付した。右確認事項書には、本件賃借権を原告に譲渡する。銀行借入れ等の債務は一掃する。救済後の負債責任は被告が負い、その後の経営についても興津川製紙に依存しないとする趣旨の記載があり、右時点では原告側で被告に対し資金援助をするという面が強く出ている。
次いで昭和五九年三月一〇日ころ、安藤は被告に対し、これまで原被告が折衝してきたことを踏まえ、更に原告側で検討し整理をしたものであるとして、昭和五九年三月九日付書面(乙第三号証、以下、「本件書面」という。)を交付した。本件書面は安藤が被告に駅前の喫茶店で交付したものであるが、双方が右書面に基づいて、更に具体的内容について話し合うということはなかった。
(四) 原告と安藤は、昭和五九年三月一五日ころ、かねてから本件フセダ紙器の承継に関する法律上の問題点について助言を得ていた弁護士白井にこれまでの原被告間の折衝の結果を踏まえて原告側で検討した案を契約の形体で条項化してもらうべく相談をした。その際、原告は、原告側と被告との間でほぼこのような趣旨で話がまとまったとして、本件合意書(乙第三号証)もしくは本件合意書とほぼ同一内容の書面を持参し、白井に説明した。
白井は、右説明を聞き、本件建物及び本件賃借権を売買する旨、特約条項(第四条)として、本件建物及び本件賃借権を一定期間までに地主の濟松寺に時価で売却し、その売却代金で本件建物及び本件賃借権を買戻す旨、解除条件(第五条)として、一定期間内に濟松寺に売却できなかったときは当然に解除される旨の条項を内容とする契約書(案)を作成し、更に本件建物及び本件賃借権の売買が前記特約条項及び解除条件付であることから本件建物の所有権移転登記手続を留保し、被告は原告に対し、登記に必要な一件書類を交付し、印鑑証明書については一定期間毎に交付する旨の覚書(案)、被告所有のフセダ紙器の株式を無償譲渡する旨の念書(案)、被告がフセダ紙器の債務を代位弁済したことによって取得した求償権を放棄する旨の放棄書(案)、被告がフセダ紙器に対して有する貸金債権を放棄する旨の放棄書(案)を各作成した。
昭和五九年三月二三日ころ、原告及び安藤は、再度、白井を訪ね、前記特約条項及び解除条件がつかない単純な本件建物及び本件賃借権を売買する旨の契約書を作成してもらいたい旨依頼した。白井は時間が足りなかったこともあり、何故そのような変更をするのかその理由を尋ねたりすることなく、前記作成した契約書(案)の第一条から第三条までの部分を一部訂正して、それを利用するように指導をした。なお、右契約書(案)の買主欄は空欄のままであった。また、その際白井は、原告側の依頼により代金六〇〇〇万円はフセダ紙器の債権者に直接支払って欲しい旨の代金支払先の指示並びに誓約書と題する書面(案)を作成した。
(五) 昭和五九年三月二九日、フセダ紙器に於て、被告は原告に対し、被告及びサダの各所有するフセダ紙器の株式を無償で譲渡し、またその株券を交付した。その際、被告は右無償で譲渡する旨の被告及びサダ両名作成の念書を原告に差し入れた。引き続き株主総会が開催され、原告がフセダ紙器の代表取締役に、安藤和志夫が(専務)取締役に各選任された。しかる後、原告は、国民金融公庫(新宿支店)、同栄信用金庫(牛込支店)、三菱銀行(江戸川支店)に対するフセダ紙器の債務合計六〇〇〇万円をフセダ紙器に代わって支払うことにより代金六〇〇〇万円を支払った。原告が右六〇〇〇万円を支払ったことにより、本件建物及び被告の自宅及びその敷地の右各金融機関を権利者とする(根)抵当権設定登記は抹消された。
更に、原告と被告は、被告が原告に対し本件建物及び本件賃借権を代金六〇〇〇万円で売却する旨の売買契約書にそれぞれ署名、捺印し、被告は原告に対し、本件建物の所有権移転登記手続に必要な一件書類を交付した。右売買契約書は、前記二度目の依頼に基づき白井が指導した特約条項、解除条件の特約のつかない単純な売買契約書(案)を、原告側においてそのまま清書し、買主欄、契約締結の日付欄を補充したものである。
そして、右同日、原被告間で作成された書面は、前記売買契約書、前記フセダ紙器の株式を譲渡する旨の念書、求償権放棄書、貸金債権放棄書、代金支払先の指示並びに誓約証であり、これらの書面は、白井が原告の依頼に基づき作成した前記(四)で認定した各文書を原告側でそのまま清書したものである。
2 次に、被告は、本件書面(乙第三号証)は本件フセダ紙器の承継に関し原被告間の最終的な合意を定めたものであると主張するので、この点につき検討する。
被告本人は、右主張に副うかの供述をするが、本件書面には原被告の署名(記名)、捺印がないこと、その内容も、原告側の契約当事者が原告自身なのか興津川製紙であるのか明らかでなく、売買代金額の記載もないこと、同書面第六項に、古川、川端、関口を取締役から解任する旨の記載があるが、現実には解任されていないこと、また前記1(五)認定のように昭和五九年三月二九日にあらたに契約書、念書等が作成されていること等のその体裁、内容及びその後の折衝の経過からみると、本件書面(乙第三号証)を、原被告間の最終的、確定的な合意を記載したものであるとみることはできず、右書面記載のような合意が成立したことを一応推認させる資料に過ぎないものというべきである。
そして、前記1(四)の認定事実からみれば、本件書面(乙第三号証)第九項を、被告主張のように、一年以内に本件賃借権譲渡について濟松寺の承諾が得られなかったときは、本件売買契約は当然に解除され、あるいは一方の解除権の行使により解除されることを定めた趣旨とみることには疑問があり、また、本件売買契約書には、本件合意書(乙第三号証)第一〇項の久根下の本件建物の立退きに関する部分の記載はあるが、本件建物及び本件賃借権の売買については特約条項等の記載がされていないこと等を考慮すると、本件合意書(乙第三号証)第九項は、結局、最終的には採用されなかったのではないかとの疑問も拭い切れない。
従って、乙第三号証をもって抗弁1を認定あるいは推認することはできない。
3 被告本人は、一年以内に濟松寺の承諾が得られなかったときは、双方が本件売買契約を解除することができるとの特約をしたと供述し、他方では、右承諾が得られたとき本件建物の所有権は移転するかの趣旨の供述をし、この点に関する右供述は、矛盾し曖味である。《証拠省略》によれば、被告は、原告に対し、本件売買契約成立後一年を経過した後である昭和六〇年八月ころも本件建物の所有権移転登記手続に必要な印鑑証明書(昭和六〇年七月三一日付)を交付しており、また、昭和六一年一月一三日ころ、同年一〇月一三日の両日にわたって本件売買契約を解除する旨の意思表示をしていることが認められ、被告自身も一年以内に濟松寺の承諾が得られない場合には、本件売買契約は当然に解除されるとの意識はなかったものと認められる。
4 次に、乙第四号証に本件売買が特約条項、解除条件付であるかのような趣旨の記載がなされているので検討する。
《証拠省略》によると、被告は原告に対し、本件建物の所有権移転登記手続に必要な一件書類を本件売買契約締結時に交付したが、原告は、本件賃借権の譲渡につき濟松寺の承諾が得られなかったため、右所有権移転登記手続をしなかったところ、印鑑証明書の有効期間(不動産登記法施行細則第四四条)が切れそうになったため、昭和五九年六月七日、被告は原告に対し、新たな印鑑証明書を差し入れたこと、その際、原被告は、乙第四号証の覚書を作成したこと、右覚書には、原告と被告は、本件売買契約が特約条項及び解除条件付であることから、本件所有権移転登記手続は登記に必要な一件書類の交付をもってすることとし、特約条項が履行されるまでの間登記手続はしないこととする。被告は原告に対し、二か月毎に印鑑証明書を交付するという趣旨の内容が記載されており、その作成日付は、本件売買契約がされた昭和五九年三月二九日とされていること、本件覚書を作成した際、右特約条項、解除条件について原被告双方で検討した形跡はなく、本件覚書の内容は、前記認定1(四)の白井が原告から昭和五九年三月一五日ころ相談を受けた際、濟松寺に一年以内に本件賃借権を売却することを前提に起案した覚書(案)のそれと全く同一であり、右覚書(案)で想定されている特約事項及び解除条件は、本件売買契約を締結した際には採用されなかったものであることが、各認められる。
右事実及び前記のように被告本人も本件売買は解除条件付とは考えていないことからみると、本件覚書は、被告が濟松寺の賃借権譲渡についての承諾書をなかなか持参しなかったため、今後も二か月毎に印鑑証明書を原告に交付することを主目的として作成されたものとも考えられ、乙第四号証のみをもっては、抗弁1を認めることはできない。
5 以上のように、抗弁1を認めるに足る証拠はなく、抗弁1は理由がない。
三 次に抗弁2(解除権留保特約)について判断する。
被告本人は前記のとおり右事実に副うかの如き供述をするが、前記説示のように、右供述はそれ自体曖味であり、矛盾し信用できず、また、乙第三号証、乙第四号証は、前記説示のように右事実を立証をするに足りない。その他、本件全証拠によるも、抗弁2を認めることができない。
四 抗弁3(被告及びサダに対する定期金給付等の義務違反による解除)について判断する。
1 被告は、原告は被告及び被告の妻サダに対し、毎月合計五〇万円の定期金を支給する旨約したと主張するが、この点につき被告本人は、原告と合計二五万円の定期金給付の合意があったが、その時期は明確ではない旨供述するにとどまり、本件全証拠によるも五〇万円の定期金給付の合意があったことを認めることはできない。もっとも、《証拠省略》によれば、被告は本件フセダ紙器の承継に関連して、原告側に今後の被告夫婦の老後の生活保障を強く望んでいたこと、本件売買契約の成立に至るまでの間、被告夫婦特にサダについての老後の生活のための定期金給付の話が出たことが認められるが、本件全証拠によるも、右認定以上に具体的に何時ころ、誰れ(原告か興津川製紙か)との間で、いくらで、右合意が成立したかを認めることはできない。
《証拠省略》によれば、フセダ紙器は被告に対し、昭和五九年四月に四〇万円、同年五月から七月まで月三五万円、同年八月から昭和六〇年一二月まで月一八万円、昭和六一年一月から同年九月まで五万円を給料として支給したこと、サダに対してはフセダ紙器は昭和五九年四月に一〇万円を給料として支給したが、その後は支給していないこと、そのことについて、被告側で異議を述べていないことが各認められる。
一方、《証拠省略》によれば、被告に対しては、原告からではなくフセダ紙器から、その時点でのフセダ紙器における被告の身分、職務内容に応じた給与として支給されたことが認められ、サダに対しては、昭和五九年三月二九日監査役辞任後もフセダ紙器が何故同年四月に一〇万円を支給したのか、本件全証拠によるも不明であるが、前記のように五月以降支給されなかったことについて被告側で異議を述べていないこと等に照らしてみると、フセダ紙器が被告及びサダに対し、前記認定の金員を支給したことをもって、被告主張の合意を推認することはできない。
2 次に被告は、原告との間で被告を終身フセダ紙器の取締役として処遇する旨の合意をした旨主張し、被告本人は右主張に副うかの如き供述をするが、右合意を窺わせるような書面はなく(なお、乙第三号証には、被告を取締役とする旨の記載はあるが、終身の記載はない。)、そもそも株式会社において取締役の任期は法定されており、取締役の選任、解任は株主総会の専権に属し、原被告間で右主張の合意をしたとしても法的には意味のないことであり、通常そのような合意をすることは考え難いこと、《証拠省略》によれば、被告は、他の社員と折り合いが悪く、昭和五九年八月一日付で辞任届を出したこと、辞任後、被告は右合意に反して辞任を強制させられた等原告に抗議をしていないことが各認められ、右各事実に照らすと被告本人の前記供述は信用できない。他に右合意を認めるに足る証拠はない。
3 よって、抗弁3はその余の点を判断するまでもなく理由がない。
五 抗弁4(停止条件)につき判断する。
1 まず、抗弁4につき自白が成立したかどうかにつき検討する。原告は、当初、訴状の請求原因一(三)において、本件所有権移転登記手続は賃貸人濟松寺の譲渡承諾後直ちに行う、同一(六)において、本件建物及び本件賃借権の移転は所有権移転登記及び引渡完了のときとする、旨の主張していたところ、被告は、答弁書において一(三)は否認し、一(六)は認める旨の答弁をした。被告の右答弁は、濟松寺の承諾は、本件建物の所有権移転に対する停止条件であり、単に所有権移転登記手続のみを右条件に係らしめたものではないとする趣旨と解せられ、この段階では、濟松寺の承諾を得ることを停止条件として本件建物の所有権移転登記手続をする旨の合意について自白が成立したものとみることはできない。その後、被告は、平成元年七月二四日第三一回の本件口頭弁論期日において、主張を整理し抗弁4を主張するに至ったが、原告は、右より前の期日である昭和六三年二月一九日の本件口頭弁論期日において、前記請求原因一(三)(六)の主張を撤回した。
従って、抗弁4について自白が成立したものとは認められない。
2 進んで、抗弁4について判断する。
被告本人は、この点につき、前記のように、一年以内に濟松寺の承諾が得られなかったときは、双方が本件売買契約を解除することができ、右承諾が得られたとき本件建物の所有権は移転し、その旨の登記手続をする旨合意したと供述するが、右供述は、抗弁4と符合しないばかりか、それ自体矛盾し、信用できない。
ところで、前記二1(五)認定のとおり本件売買契約を締結した際、原告は被告から本件建物の所有権移転登記手続に必要な一件書類の交付を受けたが、本件賃借権の譲渡につき濟松寺の承諾が得られていなかったため、本件建物について所有権移転登記手続をしなかったこと、昭和五九年六月七日に作成された前出乙第四号証の覚書には、特約条項が履行されるまでの間、本件建物についての所有権移転登記手続はしない旨の記載がされていること、そして、原告、被告本人とも、右特約条項とは本件賃借権譲渡について濟松寺の承諾を得ることであるかの趣旨の供述をする。そうすると、乙第四号証の覚書は、右承諾が行われることを停止条件として所有権移転登記手続をする旨の合意を定めたかの如くであるが、同号証は前記二4認定の経緯で作成されたもので、もともとは前記特約条項とは、濟松寺の本件賃借権譲渡についての承諾とは別の意味に用いられていたものであり(付言するに、賃借権の譲渡をする場合、賃貸人の承諾が必要なことは、法律上当然であり、右承諾を得ることを殊更に特約条項と考えることは若干不自然である。)、その目的は本件建物の所有権移転登記手続に必要な被告の印鑑証明書を差し入れることを目的として作成されたものであること、本件建物の実体的な所有権は原告に移転しているのであるから、その実体的権利関係に符合すべき登記手続のみを停止条件に係らしめることは、条件が成就しなかった場合には、実体と登記とが符合しない結果を招来することにもなりかねず甚だ不合理であり、特段の事情のない限りかかる停止条件がされたとみることはできないこと(もっとも、同一事項を実体的権利関係についての解除条件あるいは解除権留保特約とする一方、登記手続についての停止条件とすれば、理論的な不合理性はないが、解除条件の特約、解除権留保特約がいずれも認められないことは、前記説示のとおりである。)を考えると、乙第四号証及び原告が本件建物について登記手続をしなかったことをもって抗弁4を認定あるいは推認することはできない。
その他、本件全証拠によるも、抗弁4を認めることができない。
六 抗弁5(承諾義務の履行不能)について判断する。
《証拠省略》によると、被告は濟松寺に対し、昭和五九年三月三〇日と同年六月ころ、フセダ紙器の代表者が原告に交代するので、本件土地の賃貸借契約の賃借人をフセダ紙器の名義に替えて欲しい旨依頼したが、濟松寺から営業と賃貸借契約とは関係がない趣旨のことを言われ断わられたこと更に、同六〇年九月ころ、被告は、濟松寺の顧問弁護士に右同一趣旨の依頼をしたところ、原告の経歴書を持ってくるように言われたが、経歴書を持参しなかったため、話は進展しなかったことが認められる。
以上によれば、本件賃借権の譲渡についての濟松寺の態度は必ずしも明らかではなく、また、被告は、どの程度熱心に濟松寺と折衝し、その承諾を得るべく努力したのか、承諾料その他の条件について具体的な話をしたのか明らかではない。右に加えて、本件賃借権譲渡により濟松寺に特段の不利益を及ぼすこともないことを考えると、本件においては、当事者間の任意の交渉で、承諾料等の条件如何では濟松寺の承諾が得られる可能性が未だあるものと考えられる。してみると、本件承諾義務が、借地法九条の二の規定に基づく承諾に代わる許可を裁判所に申立てる義務まで含むかどうかは別としても、社会通念上履行不能になったものと評価することはできない。
よって、抗弁5は理由がない。
第二第二事件について
一 請求原因1の事実、同2の事実中、被告が、本件売買契約を締結した際、原告に対し、被告所有の別紙株券目録記載の株式を譲渡し、右株券を交付したことは、いずれも当事者間に争いがない。
二 請求原因3の判断は、前記第一、二の説示のとおりである。
三 請求原因4の判断は、前記第一、三の説示のとおりである。
四 請求原因5の判断は、前記第一、四の説示のとおりである。
五 よって、被告の本訴請求はその余の点について判断するまでもなく理由がない。
第三結論
以上の次第であるから、原告の第一事件の請求は理由があるからいずれも認容し、被告の第二事件の請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 満田忠彦)
<以下省略>